ミャンマーの国には至るところ数多くのパゴダが建っている。パガンの町て立ち寄った
立派なパゴダの建つ「タベニュー寺院」で計らずも私の従兄弟が所属していた弓兵団の慰霊碑が目にとまりました。 早速花を供え香を焚いて ささやかながら冥福を祈り心からなる慰霊供養をする事が出来ました。

モンゴルの草原は広大である。
北京で国内線に乗り換え 約1時間でようやくフフホトに着くが目的地のシラムレン草原までは更に悪路をバスに揺られて3時間 熱烈な村人達の歓迎儀式で迎えられた。 ホテルはゲル方式で如何に高級といっても我々には
馴染めない。 小高い丘に建つ石積みは信仰のシンボルだという。ここ中国でも私の従兄弟
が戦病死しているので簡単では有るが慰霊供養を行った。

昭和19年シンガポールから飛び立ったDC-3型機 通信士は親友の松島君であった。5分前
出発した私はサイゴン(現ホーチミン)で彼の到着を待ったが遂に来なかった。
後の情報によるとマレー半島から南シナ海に差し掛かる近辺で何等かの事故により炎上墜落してしまった.........本当に悲しい想い出である。
現在この平和の時代に乗客の一人として同じ航路の航空機に乗り 地上を眺め こみあげるものを押さえ 合唱し無言のまま冥福を祈った。

慰霊の度
慰霊
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